南部の観光ガイド

太平洋戦争で激戦地となり、戦跡や慰霊碑のある沖縄本島最南端

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ひめゆりの塔

沖縄戦で看護をしていた多くの女子生徒が命を落とした場所

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沖縄戦で看護活動中の女子生徒が命を落とした場所に立つ慰霊碑「ひめゆりの塔」の360度パノラマ写真

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木々に囲まれ、緑豊かな場所にある、ひめゆりの塔

木々に囲まれ、緑豊かな場所にある

ひめゆりの塔。

ひめゆりの塔は、白い慰霊碑ではなく、横に立つ小さな石碑

ひめゆりの塔は、

白い慰霊碑ではなく、矢印のところ。

終戦の翌年に立てられた小さな石碑の「ひめゆりの塔」

終戦の翌年に立てられた

小さな石碑の「ひめゆりの塔」

ひめゆりの塔の横、深さ10mほどある自然洞窟が病院として使われた地下壕

深さ10mほどある自然洞窟が

病院として使われた地下壕。

コメント

沖縄陸軍病院第三外科のあった場所に立てられている「ひめゆりの塔」。見学は自由です。

沖縄戦末期、戦闘が激しくなる中、看護要員として招集された女子生徒222名、教師18名で「ひめゆり学徒隊」が作られました。

その中から、この場所(第三外科壕)にも動員されましたが、病院としての建物などはなく、大きく口を開けた洞窟の中で、看護を行い続けましたが、戦局は絶望的となり、解散命令が出ました。

しかし、敵に包囲され、壕から逃げ出すこともできず、その後、敵兵により爆弾が投げ込まれ、壕に隠れていた多くの人が亡くなり、48名いた学徒隊も生き残ったのは5名のみと最も被害を出しました。

洞窟を目の前で眺めていると、こんな狭く、暗い場所で、逃げることもできなかった悲惨な光景が目に浮かぶと、何とも言えない気持ちになりました。戦争の爪跡を現地で見ることの大切さを感じられる場所でした。

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